<都立中入試> 不合格を恐れる必要がない 4つの理由

都立中高一貫校は偏差値・倍率ともに
非常に難易度の高い入試です。

それだけに結果を懸念する声もよく聞かれます。

しかし実際にはこの入試への挑戦において
不合格を恐れる必要は全くありません。

ここではその理由について詳しく説明します。

目次

公立中高一貫受検の真実

公立中高一貫校の人気とは裏腹に
公立中高一貫受検の指導ができる塾はなかなか増えません。

どころか大手学習塾の中でも
公立中高一貫クラスの廃止を進めている塾さえあります。

理由は一つは、合格実績があげにくいからです。


塾や講師の仕事とは生徒を志望校に合格させることですから
合格させられない受験は扱えません。
看板に掲げられない合格実績では、集客もできません。

なぜこんなに合格のハードルが高いのでしょうか。
理由は簡単です。
倍率がありえないほど高いからです。

例えば公立の高校入試の倍率は二倍を超えたら黄色信号と言われます。
実際、二倍を超える都立高校はさほど多くありません。

G-MARCHレベルの私立中学入試を見ても
倍率3倍を超える学校は多くありません。

これに対し公立中高一貫受検は
平均して5倍、学校によっては7倍を超えます。


まして公立中高一貫受検は2/3の一本勝負。
ほとんどの子どもにとって人生で初めての入試です

どれだけ完璧な準備をしていっても難しい。
それがこの受検のリアルだとおもいます。

もっと厳しい言い方をすれば
こんな倍率と難易度では落ちるほうがふつうです。

だからこそ公立中高一貫受検では
不合格を必要以上に恐れる必要はないのです。

もちろん、受検する以上は合格が絶対目標。
その気概がなくては勉強にも身は入りません。

しかし一生懸命頑張って届かなかったとしても
不合格を恥じるべき入試ではないという点は
子どもたちに伝えてあげることができます。

大切なのは一年間しっかり頑張ったという経験。

ここで得られた思考力と学習習慣、
そして結果に対する悔しさはこれ以降の人生で昇華します。

受検の難易度や倍率だけを見て
「難しそうだからやめよう」
とチャレンジしないのはもったいないのです。

一貫受検は落ちたほうが得をする?

少し身の上話にお付き合いください。

私はもともと最難関高校受験が専門の塾講師でした。
(いわゆる国立や早慶付属、西・国・日です)


これらの学校の出す問題は一般の高校入試のレベルを逸脱しているため、
難関コースに選ばれた生徒たちでなければ太刀打ちできません。


私はそこで、五年以上にわたり文系科目を指導していました。

そのころの私は恥ずかしながら
「公立一貫校」という言葉すら知りませんでした。


しかし毎年新しい難関コースを担当するたびに、その受検の名前を聞くのです。
一番多く聞くのは、保護者との面談のときでした。

「実は六年生で小石川を受けたのですが・・」
「中学入試で不合格だった両国にリベンジしたいと本人が言って聞かなくて・・」

そんな話を何回も、それも毎年聞くのです。

大手学習塾の難関高校受験クラスは、どの塾においても精鋭揃いです。
一つの校舎から数人が選ばれ
各校者の精鋭たちだけで難関クラスが組まれます。

将来の最難関大学に向かう、天才と秀才の集まりです。

そんな難関クラスの多くの生徒が
毎年毎年、公立中高一貫校受検の経験を話すんです。
気にするなっていうほうが難しい話ですよね。

いったいどんな入試がこの天才たちを育てたのか、
早慶でも受かる人間が落ちる中学とはなんなのか・・

私は高校入試の難関担当をしながら
公立中高一貫校受検について調べ始めました。
本格的に中学入試へ移行したのは、それから数年後の話です。

自分語りが長くなってしまい誠に恐縮ですが
これがこの入試に挑んだ子どもの将来の姿です。

小学6年生の2月は不合格かもしれませんが
中学3年生の2月には日本の最難関高校を制します。

彼らがもし公立中高一貫受検をしていなかったら
ここまで高い志は持たないことでしょう。

また、小学校6年生という柔軟性を極める時期に
論理的思考を鍛える勉強をしたことは大きな一手だったはずです。

ここまで、頑張っても不合格だった場合を取り上げてきましたが
そもそも仮に小学6年生で公立中高一貫校受検に合格したとして
大学受験がなくなるわけではありません。
(一貫校なので高校入試はなくなりますが)


一貫校に合格した子も
他の受験生と同じように大学受験に挑みます。


東大を目指すか早慶を目指すか人によるでしょうが
一貫校に合格したからといって最終学歴は約束されないのです。

つまり公立中高一貫校受検の合格・不合格時点では
最終地点はまったくわからないということです。


むしろ中学受験に失敗した悔しさをバネに
成長を続ける子どもの躍進は合格者には得難いものです。


その結果として例えば高校受験で早慶に受かるなら
その時点で日本の最難関私立大学への切符が手に入ります。


場合によっては公立一貫校に合格した子よりも早く
将来の難関大学が約束されることになりますよね。

なぜ「一貫落ち組」は強いのか

ではなぜ受検をした子は高校リベンジしやすいのか
4つのポイントでお話します。

論理的思考力の向上


公立中高一貫校受検は適性検査型の入試のため、
論理な思考力や伝達力が鍛えられます。


ものごとに対する洞察力や要約力を磨き、それに対する自分の考えを深め、
どう伝えたら相手に自分の意見がわかりやすく通じるかをひたすらに考え続ける一年です。

この学習は集中力や思考力を高めることはもちろんですが、
いわゆる「要領の良さ」という副産物を生むようです。

公立中高一貫校受検に落ちて
地元の公立中学に進む子には非常によくある話ですが、
「どうしてみんなそんなに勉強に時間がかかるのかわからない」
という状態で中学一年生がスタートします。

まあそもそも周りの子が遊んでた一年間を
受検勉強に捧げたわけですから、
当然と言えば当然のとも言えますよね。

高校受験での無双


さて一貫校には残念ながら入れず地元の公立中学に進んだ場合、
クラスメイトにその子のライバルになり得る子はどのくらいいるでしょうか?


この点を考える上でわかりやすいのは、
受験(検)を経験した子がどのくらいいるか です。

自分と同じように中学入試のために
必死に勉強した子は手強いです。

しかし、私立中学受験をした子は滅多に公立にはいきません。

私立受験組は第一志望校から滑り止めまで何校も受験し
そのうちのどこかには行くのが一般的だからです。

では、公立中高一貫校受検をした子はどうでしょう。


少しは人気が出てきた受検制度とはいえ、
まだまだメジャーではありません。


無論公立中高一貫校に受かればその一貫校に行きますから、
受からず地元中学に進学した子はクラスに二~三人いれば多いほうです。

それ以外の子は?


そうです。

つまりほぼすべての子が
「受験(検)の経験のない」中学一年生ですよね。


受験をしていないということは
小学6年生の地獄のような勉強もしていないということです。

子どもの柔らかい頭にとって一年間の勉強の有無は雲泥の差です。

まして適性検査型で思考力を徹底的に鍛えてきたわけです。

小学6年生から思考力を鍛えて受検に臨み、
くやしさをバネに中学一年生からリベンジを誓って勉強する子。


かたや受験を知らず、中学三年生からスイッチを入れる子。

あまりに歴然たる差が高校受験結果にでるのは当たり前の話なのです。

勉強への印象

三つ目は少し抽象的な話ですが
子どもにとってとても有意義なことです。


「適性検査型入試は暗記学習ではない」
ということはこれまで再三申し上げてきました。


その結果思考力が高まることはもちろんですが、
もう一つ大きな利点があります。

「勉強好きになりやすい」という点です。

私自身、中学受験をしています。


当時は公立中高一貫校受検などという制度はなかったので
いわゆる暗記学習ありきの一般的な私立受験でした。


今思い返しても、本当につらかったです。
何度も「辞めたい」と両親に懇願したことさえありました。

暗記学習の悲しいところは
「思考の前段階に覚える作業がある」というところです。


本来考えることはとても楽しいことなのですが、
暗記作業が好きな人は大人でも滅多にいませんよね。

つまり従来の受験システムでは
まず苦汁を飲まないと勉強の楽しさに気づけないところがありました。


また一生懸命考えて出した答えが、
〇か×かで切り捨てられてしまうことも悲しかった記憶があります。

一方、適性検査型の学習にベースはほとんどいりません。


考えることがすべてですから、答えも一つではありません。
一生懸命考えたのであればそれを評価する軸があり、
他の人の考えを知る楽しみがあります。

公立中高一貫校受検を受けた子はこのような受検勉強を通して
勉強に対する意識が肯定的なものにかわっています。


まして地元中学に入学した場合、
周りは自分よりはるかに勉強してこなかった子どもたちです。


テストの点や成績などで勉強に自信を持つ機会も更に増えるでしょう。

多くの子は勉強が嫌いだったり、苦手科目があったりするものです。


したがって勉強に拒絶反応のない子は
それだけで学習の才能を持っているようなものです。


このことは中学生活のみならず
人生において大きなアドバンテージになると思っています。

精神的な成長

「若い時の苦労は買ってでもしろ」
という言葉は有名です。

苦労や失敗というのは、
その瞬間に焦点を当てると非常にネガティブな経験ですが、

長い目で見ると人間の成長にとって大切なことですよね。


悔しさをバネに努力を重ねてリベンジを果たし、
感動的な成功体験ができた人は強い自尊心を持つことができます。


一度の失敗や逆境では簡単にはへこたれない
人間的な強さを得るからです。

しかしある程度の年齢になると
失敗が「成長のため」では許されなくなります。


だからこそ、まだ「次のある」若いうちに苦労や失敗を重ねなさい。


そんな年長者からのありがたい言葉として、
私は大学生のときに教授から言われました。


では、受験における 「次がない」
というタイミングはいつでしょうか。


当然最終学歴にキズをつけたくないでしょうから、
「次がない」受験とは、大学受験ということになります。

確かに、大学受験で失敗するわけにはいきませんよね。
では、その前段階にある高校受験での苦労や失敗が正しいでしょうか?

これに関して私は、半分賛成で半分反対です。


「高校受験で思うような結果が出せず、そのくやしさをバネに一流大学に行った」
という事例は、あり得ない話ではないと直感的に思うからです。

一方で、高校受験を専門としていた人間の視点から言わせると、
高校受験のタイミングで上位層と中・下位層には大きな差があります。


大学と高校のレベルは、やはりある程度比例するのです。


高校受験で失敗して滑り止め高校に入ってから
大学受験でリベンジするというのは相当難しいのが事実です。

このように考えてくると、
中学受験での苦労や失敗は最も適切なタイミングと言えるのではないでしょうか。


仮に不合格で地元の中学校に通うとしても
それはごくごく一般的な進学先です。

地元中学校に通うといい大学に行くのは難しい
・・というのはさすがに横暴ですよね。

全員が受験をしなければいけない高校受験では、
その進学先のレベルが大学のレベルにつながることが往々にしてあります。


しかし基本的には多くの子が地元中学に行く中学受験では、
仮に一貫校受検に失敗してもほとんどキズにならないのです。

それでも彼らは悔しい経験をしていますから、
他の子たちとは見ている世界が違います。


無論、受検勉強で培った学力もあります。
高校入試での強さは、先述した通りですね。

中学校受検で失敗することは
「次のあるタイミング」で精神的な成長をすることです。


不合格は非常につらい経験です。


一年間の努力を認められなかったような絶望感を
小学六年生が味わう光景は見るに堪えないものがあります。

それでもその三年後に
「あの時落ちてよかったよ!」と言われるたびに
私はこの受検の正しさを知るような気がしています。

大変な入試ではありますが、
合格でなければ価値のない入試ではありません。

不合格を恐れず、
この入試をお子様の成長の踏み台として存分に利用してください。

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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 私は、都立武蔵中に落ちて、すごくショックでしたが、この文章を読んでその時の悔しさをバネにして高校入試で頑張ろうと思えました。ありがとうございました。

    • 受検まで、長い間よくがんばりましたね。
      志望校に落ちたとわかったときの絶望は、他人と共有できるものではありません。
      でもそれだけ大きなショックになったのは、それだけ一生懸命がんばってきたからです。

      ここまでしてきた努力と経験はこの先何回もあなたを助けてくれます。
      自分を信じて、高校入試で大輪を咲かせてください!

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